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チラシの裏に書く悦び

Twitterは、「駅の黒板にそのときの気分を書いていたら、たまたま物好きの目に止まって、交流が生まれた」的なメディア。

Facebookは、「卒業アルバムに寄せ書きをするような、社会的正しさのペルソナを被ってリア充を演じる」的なメディア。

YouTubeは、「おもしろホームビデオを投稿していたら、そのうち投稿することそのものが目的になってしまった」的なメディア。

Instagramは、「大量生産時代の【ためにする消費】ではなく【コト消費】によって、バーチャルなマウントによるカタルシスを得る」的なメディア。

いずれも、「大衆の時代」における自己顕示欲の発現と、増幅と、再生産のツールとして栄華を極めている。結構なことである。

ただ1つ、懸念されるのが、これらの「発表の場」のフォーマットも、永続性も、すべて運営会社の胸先三寸で決まるということ。

私にはこれが怖くてたまらない。ある日突然、運営者の都合でこれらのサイトが使えなくなれば、それに依拠して「表現」してきた人は、たちまち行き場を失うだろう。

なので、私はどうしても「自前で運営」から離れられない。

自分のサイトでシステムを構築して表現する。「個人サイト」は、「自分の家で書く、究極のチラシの裏」的なメディアといえるだろう。とてもくつろぐ。