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スイミングの巻

今から10年くらい前だろうか。思い立って近所のスポーツクラブで水泳をはじめる。最初はまじめに泳いでいたのだが、そのうち「風呂に入ること」と「リラクゼーションルームで寝ること」がメインになる。あるとき、リラクゼーションルームが室内ゴルフ練習ルームの開設に伴い大幅に縮小されて急激にテンションが落ち、さらに風呂が故障して入浴できないことがあって、「もう退会しよう」と思ってすぐに退会した。退会届の「退会理由」の欄には何も書けなかった。まさか「リラクゼーションルームが縮小され、風呂も故障したから」とは書けなかったのだ。

続いて今から2年くらい前。再び思い立って、別のスポーツクラブで水泳をはじめる。今度は意気込んで頑張ろうと思っていたのだが、1週間ほどでコケて骨折。すぐに退会した。

そして今。ようやく思い立って、同じスポーツクラブで水泳をはじめた。今度は続くだろうか。スポーツ水着まで買って、気合いだけは十分なのだが・・・・

あとこれはマジでヤバいと思ったのが、高齢者が誰も彼も、ロッカールームなどでしゃべりすぎである。自分たちはワクチンを打っているから、もはやどうでもいいのかもしれないが・・・。

ではまた。

スタートの巻

今更ながら自分でも驚くが、生きていく上で「家族を含めた自分が快適に過ごしていくための投資をすること」だけが唯一の求めるべき価値であって、それ以外のことは生き抜くための方便に過ぎないということを、このところ大きく学ぶ機会があった。

「自分が快適に過ごしていく」という文脈以外において、他者のために尽くす必要は基本的には、ない。他者は他者の人生を生きていて、”あなた”の時間は生きていないからだ。他者は「自分が快適に過ごしていく」ためにときに協力的で、ときに仲間になるが、その関係性が終わったときは、容易に過去の関係をなかったものとするし、裏切る場合もあるし、とにかく”過去”を継続してよいことは1つもなくなる。でも、そんなものだ。もっとも、どこかでまたご縁ができた時に、「自分が快適に過ごしていく」という文脈上においてのみ、タッグを組むことはあり得る(オリンピックにまつわる「政府」と「専門家」の関係をみているとわかりやすい。幼稚園の時のママ友と、小学校のときのママ友が変わるケースも例に挙げられるかな。あとは、異動して3か月もたてばあれほど飲み会で愚痴を言い合った前の職場のメンバーと疎遠になる、というのもこの例かもしれない)。「情けは人の為ならず」ということわざがあるが、これは、無制限の他者貢献を説いているのではなく、むしろ「自分が快適に過ごしていくために情けをかけておいたほうが得だよ」というニュアンスを暗に含んでいると言えよう。

他者のために尽くして疲弊しているすべての人々へ。もう尽くす必要はない。「自分が快適に過ごしていく」ことを第一に考えていきていけばよい。いや、「自分が快適に過ごしていくこと」だけを考えればよい。「自分基準」で考えると、義務感でやっていたこと、なんとなく続けてきたこと、そういうものが途端に馬鹿らしくなってくる。そうすると、すごく楽になる。

ただ冒頭にも書いたが、方便は必要だ。したがって、「自分基準」で考えた結果、馬鹿らしかったり、もうどうでもよくなっていても、ここは「フリ」をしておいたほうが得だな、と思った時だけは、意に反することをせざるを得ないことはあるだろう(それが「仕事」という稼得行為の一側面ですよね)。ただ、あくまで方便であることを忘れてはならない。

私はこの数日で、精神的なしがらみからだいぶ解放されて、楽しく生きていくためには、「人のために時間を提供するのではなく、もっと自分のために時間とお金を使えばよいのだ」という当たり前のことに気づいた(繰り返しになるが、そのためには、一定程度、他者のために時間を提供して稼得する必要がある)。

とまれ「自分に時間とお金を使う」、これこそが究極の「投資」である。怪しい副業とか、いきなり大きな夢に飛びつく前に、まずは本気で自分のために時間とお金を使うこと。これが重要なのだとほとほと気づかされた。

そして、「自分のために時間と金を使う」=「自分のやりたいことをやる」と決意したら、すぐに行動することだ。よく、「役者志望という役者はいない」という。「役者」は役を演じた時点で「役者」であるからして、「志望」しているだけだったら、いつまでも「役者」ではないという論理だ。また「YouTuberになるには」と逡巡している時点でYouTubeで成功することはできないともいう。それはそうで、誰でもボタン1つで「撮影」はおろか「投稿」までできてしまうのである。「やってみよう」と思ったら、即座に「やる」ということが重要なのだ。おそらく、「やるかやらないか」を迷っている時点で、「本心ではやりたくない」のである。必要に迫られて、ないしはやりたくて仕方がなければ、迷う前にやっているのである。

自分のやりたいことをやる―と決意して、今日はいろいろなことをはじめた。

まずは「体」。水泳だ。昨晩寝る前にはじめることを思い立って、朝イチで入会申し込みをした。以前、水泳を始めた途端に中華料理屋さんの階段でコケて骨折して3日くらいで退会するという失態を演じたので何年も足が向かなかったのだが、リモート勤務中の昼休みにひと泳ぎするという外資系エリートサラリーマン(イメージ)の真似をすることにしたのだ。目指すは逆三角形。誰にも馬鹿にされない(道端ですれ違ったときに避けられるレベルの)ボディーをつくる。

続いて「食」である。早速今夜は、思い立って家族で久しぶりのお高めディナーをいただいた。おそらく1年以上このレベルのディナーは自粛していたが、どうということはない。お店は混んでいた。もちろんお酒は飲んでいない。念のため。さらに勢いに乗って、月の中旬にはホテルの豪華ランチを予約した。会社は休む。月末には温泉にでも行こうと思う。これまた会社を休む。感染対策は当然のことだが、どうせオリンピックはやるのだ。なぜ、そのために「やりたいことをやる」権利が制限されなければならないのか。

そして「衣」。専門店で高級パジャマを購入。睡眠の質を高める。怪しい民間療法ではなく、「自分の健康への正当な投資」は「やりたいことをやる」ために何より重要なことであるから。

そして忘れてはならないのが「エンタメ」だ。エンタメは生きていく上の潤滑油である。ここまでの勢いに乗って、iPad Air(第4世代)およびApple Pencil(第2世代)を購入。もう明日には届くので楽しみでしょうがない。Google Pixelのフリーズが頻繁過ぎて、日常のビデオやブラウジングには不適なので、画面の大きなiPadにホームエンタメは任せて、Google Pixelは外でのやり取りや連絡専門にする。ほとんど通信をwi-fiで行えば、どのみち今の携帯会社なら基本料はかからないし、通話もSMSもアプリで無料なので、他キャリアの養分になる必要もない。

・・ということで、今日だけで15万円くらいの出費をしました。

今のところ心はすっきり。晴れ晴れしておりますけれども、万が一この後すぐにiPad Proを買ったり(欲しい)、Macbook Proを買ったり(欲しい)、新しいSurfaceのメモリ32GBモデルを買ったり(欲しい)、クルマを買ったり(あるいはKINTで高級車をサブスクしたり)、家を買ったりしたら、完全にメンタルの不調ですよね。

「不安や落ち込みを紛らわせるために」「つらい気持ちを解消するために」・・要は代償行為としてこういうことをしだしていたら危険なわけです。

さて、本当のところはどうなんでしょう。「自分のやりたいことをやる」なんて言って、実は「それしか今は生きるよすががない」的なことだってあるわけですよね。そういう精神状態のときに無理に主張を遮ると、場合によっては突然退職したり、突然失踪だってしかねないわけです。そうっとしておきましょう!そうっと。

ではまた。

バッシャーン!の巻

道路交通法第71条の1「ぬかるみ又は水たまりを通行するときは、(中略)徐行する等して、泥土、汚水等を飛散させて他人に迷惑を及ぼすことがないようにすること」

帰り道。水たまりをフルスピードで突っ込んで思い切りバッシャーン・・・右半身がびしょぬれ。スマホもカードケースもどうしてくれるんだこの野郎!

もし被害届を出して犯人が見つかれば、罰金は6000円。民事でも損害賠償をすればクリーニング代くらいは・・

・・・って、まあ、一般的には泣き寝入りだよねぇ。悔しいねぇ。

以上、珍しく日記を書きました。

ではまた。

いきたくない!の巻

さて。5月病である。
とにかくいきたいくない。いやだいやだ。

休み明けの夜に「サザエさん症候群」になる
休み翌日の朝に「ブルーマンデー病」になる
それを防ぐ方法。
自分を欺くことだ。

休み明けの前日。
朝から、「よーし、今日から休日だ」と言ってみる。
昼になったら、「よーし、今日から休日だ」ともう一度言う。
夕方になったら、「よーし、明日から休日だ」と言ってみる。
夜になったら、「よーし、明日から休日だ」ともう一度言う。

そして余計に空しくなるのだ。
絶望に苛まれながら床につく。悪夢を見る。何度も目が覚める。
そして朝が来る。

ああ!何も解決していない!!

ではまた。

ドリフ!の巻

昨日のドリフ総集編、前回に引き続きゲストトークゼロ。オールコント。制作陣の良心を感じた。この構成は作品に敬意がある人でないとなかなか作れるものではない。素晴らしい。今後もこの構成でゴールデンタイムに殴り込みをかけてほしい。

すでに異世代の娘も真剣に見入って「これからもテレビでやるときは(ドリフを)見たい」と私に訴えてきた。舞台「志村魂」をみたときに思ったが、真の笑いは世代を越えるのだ。誰でも笑えるってすごいよなぁ。

ではまた。